アイディアの最近のブログ記事

きょうは塩工房の大掃除でした。
それで、こないだ家の周辺の道端で収穫したハヤトウリの皮を畑に埋めに行って、「あ、田の神様のとこにいこうかな」
とふと思いつきました。

うちの畑の奥のほうに田の神様が在るのです。

田の神様とは鹿児島の至る所にあるお地蔵さまみたいなもので、「たのかんさぁ」と呼ばれ親しまれています。

その辺に咲いてた菜の花を一輪お供え用に摘んで歩いて行きました。
きょうはすばらしい青空。

うちの畑近くのたのかんさぁはちいさな四角い石に「田神」と彫ってあるだけで人の形はしていません。
でも裏に梵字らしきものが彫ってあります。
今度なんていう意味か調べてみよう。

お花を供えて手を合わせて祈りながら風の音を聞いていたら あ、ここで踊ってみようかな と思った

それで踊りはじめた

ひさしぶりに踊った

誰にみせるためでもない
でもたのかんさぁや風や木があって そこに呼吸するわたし


最近、これからどうやって踊りを続けていったらいいかあまりはっきりしない感じだったのだけど、
「あぁこれでいいんだな」と思った 

踊ることはわたしの生きることとはなれていきはしないのだ

またここでも踊ろうと思う



欲望や悪は宿命づけられている部分があるように思う。

以前、「人間は『これがもっと長く続いて欲しい』と願った(もしくは執着した)ために猿から人間への一歩を踏み出した」んじゃないかと勝手に考えたことがあったのだけれど、
その欲望と踊り続けるのが人間の宿命なのか?

一方で、回避できる悪もある気がする。児童買春するのはやめとこうとか。
そういうのは選択できる余地がある可能性が高い。

選択できる状況なのか、
ほかの選択肢があるかどうかはとても重要な点だろうなと思う。

逃げ道のない状況は人間を「それしかない」と追い込むので。

「違いを見分ける賢さ」
その賢さを是非得たいところだ。

弱っちい生き物である人間には、実はそれが唯一の宝刀なのかもしれないと思った。

*今回の記事は友人の舞踏家美希さんから意見を加えて作成した文章になっています。

 

欲望と悪

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皆既日食.jpg
最近の考え事が集約されてきて、「欲望と悪」について考えてみようかという所にいます。

いま私は「人生でなにをしていきたいか」ということが大分明確になってきていると思うけれど、なにか落ち着ききれない部分があり達観には到らず、「これはなんだろう?」と感じていました。

最近、音色について考えていたためにお経に興味を持ち、兼ねてから気になっていた観音経についての本や、瀬戸内寂聴の般若心経についての本を読んだりしていたのですが、日常に仏教的価値観を取り入れるのはどうも腑に落ちず、寂聴さんの本は読むのを中断してみました。

やっぱりあまりに理想主義なものはまだ若い私には早いのか?と思い、
いつものように江國香織やよしもとばななや川上弘美や山本文緒を出してきて色々読んでいたけど、好きだけどやっぱりどうも腑に落ちない部分が残って着地できない。

とりあえず瀬戸内寂聴さんの若い時の小説でも読んでみるかと思いつつも、図書館の本の中であてもなく漂流してみてました。

そして家の手持ちの本の中からふと村上龍の「イビサ」が出てきて、
「あぁ今までこの小説とは向き合うのを逃げてたんだよな‥」と思い、でもいま自分がひっかかっている部分はこの小説のテーマに近いものなのかもしれないと思いました。

人間の欲望は時に醜悪で目をそむけたくなる。
だから「自分はそこから既に下りています」という地点に立っているような顔をしたくなる。
でも生きている限り自分はあらゆる欲望と無関係ではいられない。

人間には三大欲というものがあって、生命力と欲望は切り離せない関係にある。

ヤン・ソギルの「闇の子供たち」はタイの幼児売春を生々しく描写した作品だが、私はこれを初めて書店で読んだ時吐き気がした。欲望を発露させる人間があまりに醜悪で、出来ればこの本はみなかったことにして逃げ去りたかった。
でも逃げる訳にいかず、その本を買った。でもいまだにちゃんと全部読めていない。

イビサでも登場人物はあらゆる欲望に走り、最終的に手足を切断されるような事態に向かう。
その描写が生々しく目をそむけたくなるのだ。

だけどこれは現実の一側面だということを知っているからこそ、これほど吐き気がするのだ。

例えば欲望の揺れ幅があるとして、極端な欲望が幼児買春だったりドラッグや虐殺だとして、一般的とされている欲望が衣食住欲や合意の元のセックス(風俗を含む)、低い欲望だが美しいとされているのがお釈迦様が悟りを開く前に食べたミルク粥や川での行水であるとする。

多くの人は極端な例を悪とし、一般的な例以下を善なる欲望とするだろう。

しかしこれらには無数の「境界例」が存在する。

例えば、
・風俗で本番NGなのにちょっと無理やりやっちゃった
・恋人だった人にふられてつきまとってしまう
・妻子ある人を好きになる
・食べ残された「まだ食べられる」物が大量に捨てられる
・部下をきつく叱ってストレス発散する上司
・いじめを見てるけどみないふりしている人
・動物実験
・好色で金持ちの僧
・ロリコン系エロマンガやビデオが好き

これらになってくると人によって微妙に意見が違ってくるものだと思う。

そして極端な例と思われる次元でもやはり境界例が存在するのだ。

例えば
・貧しさと絶望に追い込まれ幼児売春のブローカーをしている人
・虐殺を自分はやらないけどそばで見ているひと(「イビサ」でも女性の体がチェーンソーで斬られているのを憂鬱そうに眺めている男が「お前にはわからないかも知れないが、こういうヴィデオが世の中を救ったりするのだ、オレは不愉快だが多くの人々を救うためだからしょうがない」と言っている)
・戦争で嫌々ながら敵を殺したり、死にかけの人を置き去りにする
・自爆テロで敵国の兵士を殺す

これらはどうだろうか

悪の基準は絶対的ではなく相対的なものなのだと思う。

例えばわたしが子どもにたこさんウインナーを作る行為は、
子どもが喜ぶから善だと言うひともいれば、
ウインナーは体に悪いから悪だと言う人もいるだろう。

状況によって善悪の基準はたやすく変わるのだ。

手元にいまパウロ・コエーリョの「悪魔とプリン嬢」という本があって、
「条件さえ整えば、地球上のすべての人間がよろこんで悪をなす」
という考えを持った旅人が描かれているらしい。

この本を読んでまたじっくり考えてみようと思っている


これらの主題にたどり着いたのは、今度参加するすんクジラブラザーズのライブでカルメンの曲があるからよろしくねー
と言われたのもきっかけのひとつ。

以前読んだアンナ・カレーニナやカルメンのように「恋に生きた女」は最終的に死に至る。

傲慢と純粋と美もまた紙一重なのだろう


最終的には「わたしだけの基準」を見出だすしかないのだろうとも思うけれど、境界で揺らぐ人間のメカニズムについてじっくり考えていってみたいと思います。

このテーマを考えるのに役に立ちそうなオススメの本をご存知のかたはおしえてもらえたら嬉しいです。

サドとバタイユはチェックしようかなぁと思っています。

ご意見もいただけたら嬉しいです


写真は2009年7月22日の皆既日食の写真です*
 特に本文の内容とは関係ありません^^;
(でもこの写真を載せたいと思ったのはなにか直観的に関係しているのかも。
最近神秘思想家のグルジェフの思想に触れたからかな?)
 
数週間前のある日、
いつものように塩工房で塩のゴミ取り作業を
ノラジョーンズのCDを聴きながらしていたら
スタッフのタナカ君がふと

「ノラジョーンズが頭の中に流れている精神状態っていいよね」

と言って、
それからわたしは最近ずっと「自分の心の中で流れる音色」について考えていました。
(ちなみにノラジョーンズは美しく落ち着きのある声をもった女性ジャズ・ヴォーカリストです。
たなか君が好きなアーティストで、わたしの趣味ではないです。)


自分の中にはどんな音楽が流れている・・?


その言葉を聞いたときの自分は余裕があまりない状態で、
先日の「雑音」という日記でも気づき始めていたのだけれど、

自分が「心の中で穏やかな音楽を奏でることができない状態」
であることにその時はっきり気づき、不思議な衝撃を受けたのです


18歳のときに出会った大学の助教授に
「二十代をどう過ごすかで30以降が決まる」
と言われてから、ずっと心の奥底にその言葉があったように思う。

その時わたしは『二十台のうちはとことん自分を追い込もう』
と胸の中で決めたのだと思います。

だからわたしは音楽を聴く時も、なるべく自分を追い込もうとしてきたように思う。
「これはいい」と思ったものしか聴かないけれど、
心を極限まで揺らすために何度も何度も同じ曲を聴き続けたりしてきた。
「自分を痛めつけてるし、これって本当に意味があるのかな?」
と何度も疑問に思ったけれど、それでも。


いま、仕事がまいにちふつうに忙しくて、
仕事のことを考えながら暮らしているだけで心が常にすごく急いでいて、
それでも音楽を聴く姿勢はあまり変えないまま来たので、
心の中の音色はどんどん荒れていってしまっていたのだ。


このやり方をいま、変えていこうと思う。


踊る上で、踊り手は音楽に「踊らされる」のではなく、
自分の中にある音色とともにあるべきなのだとずっと思ってきたのに
日常ではそうしてこなかった。

その大切さを日々の中でもちゃんとかみしめたいと思う。


自分の心の中の音色をちゃんと聴いて、ととのえていこう わたしの手で。


わたしは、三十歳になりました


きのうは東京から友だちのとんちゃんが遊びに来てくれて、
お祝いにcoccoの「こっこさんの台所」というCDをプレゼントしてくれた。

音色のことをずっとかんがえていたからなんだかすごく運命的だな と思った。
ひとりの時に大切に聴きたいと思ってます。


友だちや家族の笑顔で祝ってもらえる誕生日はほんとうにほんとうに嬉しい


みなさんから毎日たくさんの力をもらっています

ありがとうございます



これからも、よろしくお願いします!!!




みなさん、お久しぶりです。
 
アメリカ大統領、オバマ氏に決まりましたね。

有色人種で初めての大統領が選ばれたということは、
日本で暮らしている私には想像がつかないほど画期的なことなのだろうと思います。
ネット上で関連のニュースを見ていたら色々考える所がありました。

金融危機などは多分もう歯止めがきく状況ではないのでしょうが、
これをきっかけに少しでも世界の動向がいい方に向かえばいいなと思う。

それと、小室哲哉さんの逮捕についても関連記事を読んでいました。
色々感じるところがあります。

有名になりすぎることで失うものも沢山あるのだろうな と思います。
最近、宇多田ヒカルさんのことがとても好きなので、彼女についても考えました。

お金を得たことで失ってしまったもの 自由に外に出たり発言することが出来なくなること 多くの人の批判に常にさらされ続けること

どうか彼女はお金をめぐる人々の黒い渦に巻き込まれてしまいませんように と心の中で祈りました。


昨日はオバマ氏の開票速報を精神科の待合室で観ていました。

ここのところ仕事での人間関係で色々とあって精神面の浮き沈みが大きくなったので受診しました。
以前一度カウンセリングを受けたことがある病院です。

診てもらったら、「あなたの場合、問題自体が解決しないことには不安は解消されないし強い抗うつの治療は必要ないと思うけれど、不安を抑えられて眠れない時にも使える軽めの薬で様子をみて、薬がなくなったら取りに来る時にでも心理士と相談ができるようにしてみましょうか」
とのことでした。
出してもらったお薬はデパス0.5mg錠です。

「誰か相談できる人がいるのは大事ですよ」と言われ、
ほんとうにそうだなとしみじみ思った。
病院に行く前日に友人が家を訪ねてきてくれて喋ったらほんとうにすごく救われたから。

友人の存在を大事にして、ネット上での貴重な人間関係も大事にして、
心理士さんに相談できる状況も作っておいて、
お薬もいざという時のために手元に置いておいて、
そうやって自分を守るようにしたい。
そう思った。


その病院のすぐ近所に、精神病を抱えている人たちをスタッフとして雇って運営されているお店があって、そこでランチを食べることにした。

そのお店のスタッフの人に久しぶりに逢って「今度ここでなにかの時に踊ってください」と言ってもらってとても嬉しかった。

そのお店にあった本が日記のタイトルの
「安心して絶望できる人生」(向谷地生良 浦河べてるの家 著)
でした。

前から気になっていた本で、この機会に買ってみることにした。
精神病を抱えた人たちの起業についてのドキュメントのよう。
「期待されない会社づくり」など興味深い起業理念があるよう。
ゆっくり読んでみようと思います。


いま、枕崎の超イケてるバンド「すんクジラブラザーズバンド」の方たちとやり取りをしています。

新酒祭りという枕崎でのお祭りに出演されてるのをみたのですが、
枕崎弁で繰り出す超オモローで素敵な世界に一撃でやられて即ファンになって今度メンバーの方にお逢いしにいこうと。

呆けすとらや私の大学時代のゼミ教官に通じるなにか、があるような予感がしています。

もし機会があれば少しでも舞踏で共演させていただければいいな・・と勝手に夢を描いています。

いい繋がりになっていくといいな。 


こんな長い文をさいごまで読んでくださったみなさん
ありがとうございます


できるだけのことをして、いまを乗り越えたい。



今日を生きていこうと 思います



道化師

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道化師の存在の面白さについては大学の頃から興味があった

シェークスピアの戯曲などで登場する道化師。
王の傍に常にいて、くだらないことや失礼なことを平気で喋りまくりながらある種の真実を突く言動をするという役割。

wikipediaで調べてみたら
『本来のピエロは、コメディア・デラルテに登場する、顔は真っ白で哀愁を漂わせ、好きな人を殺してしまうことでしか愛情表現できないキャラクターが起源とされる。』

と書いてあった。


わたしもある種の道化師なのであろう

目的の為ならば様々な言葉を、踊りを繰り出してみせよう


ただ、それが真実に触れる為であることを一瞬たりと忘れることなく



 踊り続ける のだ



今朝鹿児島を出発して新潟に向かいます。

鹿児島に帰ってくるのは6月10日くらいの予定です。

夫がキャラバンで新潟に来て出発する5月27日くらいまで新潟にいます。 
 
その後長野に向かい、
行ければ山梨の田中泯さんの桃花村にも行きたい。

長野の友達にも逢えたら逢いたいなぁ。

そして6月7日頃に東京で夫と再び合流予定。

その前後に駒場の日本民藝館に琉球の織物展見に行ったり、
東京の友達に逢いに行ったりできたらいいな。

6月8日に羽田発北九州空港行きのスターフライヤーに乗る予定です。

北九州でも誰かに逢いたいと思う。

そして6月10日には鹿児島に帰り着きたいところ。


そんな予定なので、お逢いできる方がいたら連絡もらえたら嬉しいです。


日々、感謝を忘れず、
落ち込むことがあっても、
「まぁ、なんとかなるさ!」とおおらかに思いながら、
毎日を大切にしてこられたらと思っています。



今日も一日がはじまる




行ってきます!!




  Image103.jpgゴールデンウィークは、鹿屋市柳谷(やねだん)集落の芸術祭に行ってきました。

やねだんの本拠地の柳谷集落は「行政に頼らないむらおこし」をして注目されている所です。
空き家対策として、「迎賓館」と名づけた家に格安家賃で芸術家に住んでもらったりされています。
http://www.yanedan.com/index.html

イベントは5月4~6日だったのだけど、4月27日位から全国のアーティストがやねだんに集まって合宿しながら集落の中で制作を始めるという企画だったので、私も少しだけ早めの5月1日からやねだんに行ってきました。

集落に伝わっている踊りがあると聞いていたので、
集落の踊りを習ったり踊りにまつわる話を聞いて発表できたらいいなと思いつつ、それが無理でもなんらかの形でイベント中に踊らせてもらえたらいいなと思っていました。

わたしは大学生の時に人類学のゼミに入っていて盆踊りの調査をして卒論を書いたのですが、その時にやった参与観察という『実際にやってみて感じたことを発表する』という手法と舞踏をうまく合わせて自分の作品にできないか という気持ちがあったのです。

さて、やねだんでの踊り探しを始めた滞在二日目の話から。

午前中は新しい迎賓館になる空き家の整備を手すきの人総出で手伝うことになった。
家の周りの立木をチェーンソーで刈りまくって軽トラで運搬したりなど大掛かりな作業だった。私は子連れでほとんど役に立たなかったけれど・・。

家の中に残っている荷物の片付けもした。
掃除機、布団、トイレブラシ、工具、靴・・
かつて住んでいた人がいた時そのままになっていた暮らしの匂いが残る物たちを縁側に集めていく。 

こうやって大きな労力を惜しまず払うことで柳谷の空家活用が可能になっているんだということが目の当たりに出来たのでよかった。

午後には、やねだんで陶芸をしながら生活しているムラさんにやねだんで踊りに詳しそうな方のお家に案内してもらった。
ユゲちゃんという福岡から来ていた作家さんと一緒に。

残念なことにその方は体調がよくなくてお会いできなかったのだけど、
そのついでに集落の中を案内してもらいながらこぼれ話を色々と教えてもらった。
「ここの人は軽石を使う仕事をしてるから玄関先に大きい軽石が飾ってあるんだ」とか、「ここの塀やバス停は作品の素材に使ったらすごくいい」とか、住んでいる人だから見えることを色々教えてもらって楽しかった。

そして「ここの木立がすごくいいんだよ」と言ってムラさんが細い道をずんずん歩いていくのについていって、ちょっとした林のような場所で樹を見上げたりしていたらそこに面したお家に住んでいる70代くらいの女性が「誰かと思った。びっくりしたー」と言って出てこられた。
その方はムラさんと顔見知りのキミエさんという方で、「上がってお茶でも呑んでいかんね」と言ってくださるのでありがたく玄関先にお邪魔することに。

そして色々なお話しをしながら『小豆と金時豆の中間くらいの豆』を甘く煮て冷たく冷やしたものや、手作りの梅干しやラッキョウ漬けなどをお茶と共にごちそうになった。

こんな美味しいもの世界中にそうない、と思った まじで。

キミエさんのお宅の隣のお家の人は先日亡くなったようで、空き家になったばかりだそうだ。
庭先の菖蒲の花などがまだ美しく咲いていて、住んでいた人の家を大切にしていた思いの片鱗がまだ生きて残っていた。

そのお宅の庭先に壊れて閉じなくなった傘があったので、私は踊りに使わせてもらおうと借りていくことにした。

キミエさんは踊りについての話もしてくれた。

キミエさんがお嫁に来た56年前頃には「八月踊り」という踊りがあったのだという。
それはお盆の頃に踊られていたもので、30年位前からは途絶えているのだそうだ。

数え歌や三味線や胡弓の楽団がやぐらの上で演奏をして、
その周りを踊ってまわるというものだったらしい。
踊り手の男は紋付袴を着て、女は裾模様という黒紋付に裾に模様があるお嫁入り用の着物を着て、目だけ出す覆面をして踊ったもののようだ(覆面の話は他の方に聞いた)。

わたしはそれを聞いて「その踊りをぜひ習ってみたい!」と感じ、
習うのが無理でもどんな踊りだったか触れてみたいと思い、
「今でも踊れる方はご存知ないですか?」とキミエさんに聞いてみた。

すると「館長さん(村長さん)のお姉さんは三味線を弾いていたからわかるかもよ」と教えてもらった。
おぉ!と俄然盛り上がるわたし。

それでさっそく館長さんに聞いた所
「踊りがわかるのは○○さんがいるけど少し痴呆症になっているからなぁ。今回は時間もないから無理だろう」
とのことだった。

残念だったので他の人にも聞いてみたけれど道は開けず、実際日にちが残っていなかったので今回は踊りを習うのは諦めることにした。
やはりその土地に余り残っていない踊りを習うには最低1ヶ月の時間をかけるアプローチが必要だろうなと感じた。

でも踊りを覚えている人はもう80歳すぎの人だけなので、
近い将来には踊りを踊れる人が全くいなくなってしまうのだろうと思う。
もし機会があればいつかまた八月踊りにアプローチをかけてみたいと思う。

そして、やねだんには棒踊りという踊りがあることもわかった。
この棒踊りは今でも毎年2月に踊られているものだ。
主に子どもや大人の男性が踊るそうで、豊作を祈願して、集落の家を一軒一軒回って家の前で踊り、お布施をもらってまたもう一度踊ったり、酒を呑みながら踊ったり、となかなか楽しそうなお祭のようだった。

踊りで唄われる歌の内容はどうやら少し女性をバカにした内容のようだ。詳しい内容が気になる*

この踊りは知っている人が多いので教えてもらおうと思ったのだが、みんなイベントの準備に忙しくて結局これも教えてもらわず終いだった。
棒踊りの時期にまたやねだんを訪ねることが出来たらいいな、と思う。


そういう訳で集落の踊りを習うことはできなかったけれど、話を色んな人に聞いてみたことはやってよかったなと思う。


そして、5月4日の夕方、メインイベントの後に萩原さんという方が作品を展示している畑で踊らせてもらうことになった。

その畑は近くに田の神さまがいる神社があったので、
神社でお祈りをするところから踊りを始めることにした。

鹿児島の色々な所にいらっしゃる田の神さまは、素朴だけど力強さがある神さまたちだ。

スウェーデン人の作家さんにピアニカを弾いてもらったり、
以前も共演させてもらったことのあるミュージシャン方に太鼓や鳴り物等いろんな楽器を鳴らしてもらったり、
仲間の舞踏家さんにも踊ってもらったり、と贅沢な舞台設定になって、
日暮れ時の雰囲気もよく、畑の土や草は生きていて、
色んなものに力をもらった その時にしか成立し得ない踊りの時間をいただけました

みなさんありがとうございます の一言でした。


メインイベントは落語や舞踊やカポエイラなど、面白い演目目白押しでにぎやかでした。

集落のあちこちに展示されたアーティストの作品も観てまわり審査されたりもしてました。
集落の風景に溶け込む展示の数々は『新しい風景』を作り出していて、
「そこにあるものと一体になってつくりあげるということ」について見せてもらったように思う。

特にセキトさんの川を舞台にして畳と竹を素材にした大掛かりなインスタレーションを作るのを少し手伝って、それが完成・成立する瞬間を目の当たりにできたことには感動した。
その作品はその空間を明らかにそれまでと別次元に生まれ変わらせていて、素直に『凄いな』と思った。

イベントの演目の一つだったカポエイラはブラジルの踊りで、最近ちょうど気になっていたものだったのでここで出逢えるとはとびっくりした。
カポエイラは武術と踊りが融合したようなもので、
少し踊りを教えてもらったら、常に相手に対して構えをしたまま動き続け緊張感を失わない踊りの構築がされていて、
『こんなのもあるんだ!』といい刺激を受けることが出来ていい経験だった。
これは、カポエイラを習う間娘をみててくれたリエさんのおかげです。
感謝・感謝でした。


その日の夜は広場で焚火をしながら宴会だった。
おうどんや、あくまきや、しっとりふくれ菓子(米粉製)、巨大はまぐり焼きなどなど美味しいご飯がいっぱいでした。

キャラクターあふれるダンスやら、
しっとりとした美しいベリーダンス&タブラやら、
切ないギターの弾き語りやら、
焚き火を囲んで民俗芸能について話したり「仲間ってなんだろうか」という真面目な話をしてみたり なんだか素晴らしい夜だった。

踊りをみてくださったヤナギダさんという方から、
「衣装に使ってください」とオーガニックコットンの布をたくさんいただいたりもしてものすごく嬉しかったです 
 布をもらったことというよりも、それを衣装に使ってほしいと思ってくださったその方の気持ちがなによりも嬉しいことでした


そしてわたしの滞在最終日は鹿屋のジェンベチームによるジェンベワークショップが行われました。

太鼓を聞いてのりのりで踊りだす人たち。

そしてなぜかジェンベチームのメンバーの女性が沖縄出身だったために三線で唄のライブも始まった。
ビギンの「島んちゅの宝」という唄など、高音の美しい歌声に思わず涙がこぼれてしまった。

なぜかわたしはどこに行ってもやはり沖縄に出あってしまうのだな と思った。
それは嬉しいことなのだけれど。


お世話になったご夫婦の美味しいカレーをいただいて、空き家からお借りしていた傘を感謝してお返ししてから、みんなにお別れした


・・すごい濃い日々でした 帰り道の車中で突然熱を出したのは緊張の糸が切れたからだったのでしょう。


やねだんで得たことを 大切に大切に これからにつなげていきたい




そう、思っています!



 
写真は私が踊らせていただいた畑での萩原貞行さんの展示です*
きのう、自分のこれからの行く先について考えていて、
やっと答えのようなものがみえたように感じた。

答えというか、『夢』のビジョンみたいなものがみえた気がした

母親としても中途半端で、
踊り手としても中途半端で、
妻としても中途半端、
染織りを始めたいけれど不器用、

そんなわたしをこれまで自分でさげすんできた所があったのだと思う


だけど実は、「母」も「踊り手」も「妻」も「染織家」もただ人を分類分けするためのカテゴリーに過ぎなくて、
わたしは『まさやん(masayang)』という道を行くしかなくて。


そして降りてきた言葉は 『光と闇を織る者』


ただそのために日々歩いていこう、
誰かにとってはなはだ中途半端なやり方にしか見えなくても
ちゃんと自分に道がみえていれば、歩んでいける

それがみえたら、これまで胸の中にずっとつかえていて息を吸いにくくしていたものがすっかりなくなっていた
吸気がすーっと胸の中に入っていく
この感覚は初めてだった
もしかしたら生まれて初めてかな

昨日に比べるとまた吸気の通りがまた少しわるくなっている
不安が生まれたり、自信が揺らいだりしてくるから。
でも前ほどじゃない

この感覚を忘れないように書き留めておきたくて書いています

ここからは「自分の道をみる場所に戻ること」
「自分の中心に常に戻るようにすること」
「力が入って固まっているからだの力を抜いていく方法を探ること」

に入っていこうと思います

きのうのお昼は町の文化会館で初めての交換稽古をしてみた

交換稽古というのは、参加者がそれぞれなにか自分が教えられるもの・もしくは提案できる練習法を持ち寄ってそれらを順番に一緒に稽古してみる というもの。
踊りにかぎらず、おしえられるものならなんでも*
mixiには福岡の人を中心とした交換稽古のコミュニティもあってわたしも入っています。

交換稽古は「舞踏研究会~わたしの踊り研究所~」のコンセプトにも合っている!ということで、
舞踏研究会会員のベリーダンサーまりありあさんと私の二人でとりあえず一回目をやってみることにした。
娘も連れていきました。

昨日使った部屋は鏡張りの20畳ぶんくらいかな?のゆったりした広さ。
鏡があるとベリーダンスの技を教えてもらうのに便利でした。

ちなみに舞踏の稽古には鏡は必要ないと私は思っています。
田中泯さんが「鏡は自分の中に持つべきです」と言っているインタビューを読んだことがあり、その言葉を受けて納得したので必要ないと私の中で結論づけています。

鏡についてのことで脱線しますけれど
福岡での交換稽古の集まりは、
舞踏家の玉野弘子さんが「稽古はひとりではできないよ。鏡がないから」とおっしゃった言葉に端を発しているそうです。
「他人を鏡とする」ということだと思われます。

わたしは直接その言葉を聞いたのではないですが、「稽古はひとりではできない」という言葉はそのままの意味ではなく「ひとりでは展開がない」というような意味なのだろうと思いました。

田中泯さんの言葉の真逆を行っているようでそれもまた真だなと感じていて、
「自分の中の鏡」をみつめる時間も大事にしつつ、
それをもっていってはじめてうつしうる「他人に反映する自分をみる鏡」をみる時間をもつことも大事なのだと考えています。

だから、交換稽古の楽しさにただ溺れてはいけなくて、
「ひとり」の「わたし」をみつめつつその場に向かうべきなのだと思う。

基本は「ひとり」、
そしてひとと「出逢う」ことで展開が生まれる
そういう行き方を探りたいと思う。


そして昨日の交換稽古の話に戻ります。

まりありあさんはベリーダンスの初歩やヨガのストレッチをおしえてくれました。

ヨガのストレッチは座って呼吸のリズムに合わせてからだを動かしていくもので上から下へ・下から上への循環が感じられるもので覚えやすく、これは自分で家でもやろうと思えるものでした。
ヨガって気持ちいいんだな、ヨガにもふれてみるかーと思えたのもよかった。

ベリーダンスは基本になる肩・手の動きや、腰の動きに連動する足の動きについておしえてもらった。
腰の側筋や肩の筋肉など普段あまり意識して使わない筋肉をこまかく意識することをおしえてもらって、「じぶんがまったくからだを使いきれてない」ことがよくわかってよかった。

ベリーダンスの腰の動き、これも普段はあまりしない動きだ。
普段しない動きを「発見」していくこと これが自分の即興の踊りにどうつながっていくのか それを今からみつめていきたいと思う

そしてわたしは虫丸さんのWSで習ったことを伝えてみた。

まずは基本の立ち方・そして吸って臍下丹田に落として止めて吐くという基本の呼吸。
そして呼吸に合わせて左右や前後に揺れていく展開、上下に行く展開。
そして呼吸歩行、そして歩行しながらエネルギーの塊がぶつかってくるという展開。

20分位だったのだけど駆け足でここまでやってみた。

やってみて、自分がもっとひとりでじっくり稽古をして「自分のことば」で場をみちびけるようにならなければいけないなと感じた
いまはすべて虫丸さんの言われたことを思い出して真似しているだけだから きちんと消化しなくては


終わったらさわやかで幸せな気持ちになった


まりありあさんが舞踏研究会を公民館講座に登録してくれたため、
町の施設が無料で使えるので、これからも継続して交換稽古していきたいと思ってます

これからは都合しだいで夕方~夜にもやるかもしれません
参加したいひとがほかにもいれば時間や日にちを相談して調整したいとも思っています。

おもちゃを持ち込んで部屋のはしっこに子どもスペースを作るのもいいな。子ども達もいっしょに稽古するならそれもまたたのし^^

興味をもったそこのあなたもぜひ来てみませんか!!


次回は来週になりそう*


次が楽しみです!

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