南方 という志向性
この間の日曜は市内のドルフィンポートと天文館山形屋前でソロで踊ってきました
5分程度で明るめの雰囲気で、とのことだったのでその路線で選曲を考え、熊本で共演したことがある川原一紗さんというアーティストの「春風」という曲を持っていって踊ることにしました。
それと緑色の傘を持参。
舞踏を始めてすぐ位の頃から傘はよく踊りで使っていて。
傘はなにか面白いところに存在している気がします
いくら便利になっても雨の中に出て行くときはいまだにひとは傘を使うのだな、雨からかばいきれず濡れてしまう不完全な道具なのに と。
そして、晴れた日に傘をさすのもおかしくて好きで。
ドルフィンポートは屋根なしの野外なのでさんさんと陽を浴びながらのものになった 足元は木製のデッキであたたかかった
空間の広さを使い切れなかったように感じた。
場当たりをする時間がなかったのでからだで広さをはかれていなかったように思う。
からだがうまくほぐれていなかったところもあり少し固かった。
日々の稽古を大事にしなくてはと思った。
でも光が降り注ぐのをはっきりと感じることができたのはよかった
山形屋前は商店街のアーケードの中で、屋根の部分が教会を思わせる作りで、半透明の屋根から柔かい光が落ちてくるような場所でした。
石造りになっている足元は冷たくて、冷たい土を連想した
お客さんが100から200人ほどいて、かなり近い距離で囲まれているなかで踊りました
お客さんの息遣い、おのおのがもっているなんらかの気配みたいなものが感じられて うけとり、揺らし、振動して、放ったり
光がやっぱりたえまなくそこにあった
街中で一応屋根のある空間に関わらず 人を感じられたためか逆に有機的な感じがして生きやすくのびのびできた
踊っているときは娘をシェリーさんというダンサーの方に抱いていてもらったのだけど、そのとき娘が「ママ いたー キレイ」と言って感動されたそうで。
きれいというボキャブラリーがあったのかーとちょっと嬉しかった。
見ていたお客さんのひとりが「すばらしかったです」と言ってその人が働いているらしいプラネタリウムのパンフをくれたのも面白かった。
なにか関わろうとしてくれたことが嬉しかった。
同じイベントに参加したほかのダンサーの方とは人見知りなのであまり積極的に話したりできなかったけれど少しは交流ができたので今後につなげていけたらいいな。
いい機会をいただけて感謝です
その前日に観に行った琉球舞踊の方とも連絡先を交換したので、
出逢いをつなげていけたらなと思っています。
今回のイベントではわたしは「即興舞踏」の踊り手として紹介してもらったのですが、色々なジャンルの方と触れることを通して、自分の踊りの打ち出し方について考えることが増えてきました。
いま、「南方」という志向性をもって踊ること について考えているところです
琉球舞踊とつながっていくことを確かめたことと、
アフリカンダンスやエイサーの方と共演したせいもあって。
「東北歌舞伎」という概念を打ち出していた土方巽、
わたしの軸足は九州にあって、視線は南を向いているところがあって。
いまのダンスの大勢はやはりバレエやモダンダンスを通ってから成り立つものが多く、私はその通り方以外にもダンスは成り立つのではないかな と考えているところです
南にもたくさんの舞踊はあります
そしてそれらはバレエとはちがう存在方法のチャンネルを持っているように思います
一方で、ジャンルにとらわれないという行き方も気になり、
土着性を打ち出すことと「自由になっていくこと」についてどう考えるべきなのかなぁ
などと考えているところです
まだまだ深く思考できたらなと思います
よし 今日も新しく始めていこう
5分程度で明るめの雰囲気で、とのことだったのでその路線で選曲を考え、熊本で共演したことがある川原一紗さんというアーティストの「春風」という曲を持っていって踊ることにしました。
それと緑色の傘を持参。
舞踏を始めてすぐ位の頃から傘はよく踊りで使っていて。
傘はなにか面白いところに存在している気がします
いくら便利になっても雨の中に出て行くときはいまだにひとは傘を使うのだな、雨からかばいきれず濡れてしまう不完全な道具なのに と。
そして、晴れた日に傘をさすのもおかしくて好きで。
ドルフィンポートは屋根なしの野外なのでさんさんと陽を浴びながらのものになった 足元は木製のデッキであたたかかった
空間の広さを使い切れなかったように感じた。
場当たりをする時間がなかったのでからだで広さをはかれていなかったように思う。
からだがうまくほぐれていなかったところもあり少し固かった。
日々の稽古を大事にしなくてはと思った。
でも光が降り注ぐのをはっきりと感じることができたのはよかった
山形屋前は商店街のアーケードの中で、屋根の部分が教会を思わせる作りで、半透明の屋根から柔かい光が落ちてくるような場所でした。
石造りになっている足元は冷たくて、冷たい土を連想した
お客さんが100から200人ほどいて、かなり近い距離で囲まれているなかで踊りました
お客さんの息遣い、おのおのがもっているなんらかの気配みたいなものが感じられて うけとり、揺らし、振動して、放ったり
光がやっぱりたえまなくそこにあった
街中で一応屋根のある空間に関わらず 人を感じられたためか逆に有機的な感じがして生きやすくのびのびできた
踊っているときは娘をシェリーさんというダンサーの方に抱いていてもらったのだけど、そのとき娘が「ママ いたー キレイ」と言って感動されたそうで。
きれいというボキャブラリーがあったのかーとちょっと嬉しかった。
見ていたお客さんのひとりが「すばらしかったです」と言ってその人が働いているらしいプラネタリウムのパンフをくれたのも面白かった。
なにか関わろうとしてくれたことが嬉しかった。
同じイベントに参加したほかのダンサーの方とは人見知りなのであまり積極的に話したりできなかったけれど少しは交流ができたので今後につなげていけたらいいな。
いい機会をいただけて感謝です
その前日に観に行った琉球舞踊の方とも連絡先を交換したので、
出逢いをつなげていけたらなと思っています。
今回のイベントではわたしは「即興舞踏」の踊り手として紹介してもらったのですが、色々なジャンルの方と触れることを通して、自分の踊りの打ち出し方について考えることが増えてきました。
いま、「南方」という志向性をもって踊ること について考えているところです
琉球舞踊とつながっていくことを確かめたことと、
アフリカンダンスやエイサーの方と共演したせいもあって。
「東北歌舞伎」という概念を打ち出していた土方巽、
わたしの軸足は九州にあって、視線は南を向いているところがあって。
いまのダンスの大勢はやはりバレエやモダンダンスを通ってから成り立つものが多く、私はその通り方以外にもダンスは成り立つのではないかな と考えているところです
南にもたくさんの舞踊はあります
そしてそれらはバレエとはちがう存在方法のチャンネルを持っているように思います
一方で、ジャンルにとらわれないという行き方も気になり、
土着性を打ち出すことと「自由になっていくこと」についてどう考えるべきなのかなぁ
などと考えているところです
まだまだ深く思考できたらなと思います
よし 今日も新しく始めていこう

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