ほんとうに語り継ぐということ

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NHK朝ドラの「ちりとてちん」を最近ずっと観ていて、それが昨日終わった。

上方落語界で初めての女流落語家として色々な出来事を乗りこえて成長していく主人公の姿。

最終的に主人公は子どもが出来て落語の常打ち小屋が完成した時点で
落語家としてでなく「おかみさん」として生きていくことを決意した。

わたしはそれを観て、「あぁやっぱりそれを選ぶのか」
と初め「やはりそれが誰もが納得できる結論なのか?」と
自分に照らして胸が痛くなってしまったのだけれど、
ちがう見方で主人公の決断を見つめてみた

主人公は物語の終盤で、
「自分がこのまま創作落語を続けていくことがほんとうに上方落語を継いでいくということなのか?」
という問いを持っていた。
そして「おかみさん」「母親」として継いでいくことを選ぶのだ。

そして、自分に照らして考えたことは、
「ただ色んな場所で踊るというだけを続けていても私は自分の本当の目的は達成できないだろう」ということ、
そして
「『わたしが継ぎたいこと』はなんなのかを明確にしなくちゃいけない」ということだった。

恥も外聞もなく書いてみよう


わたしが継ぎたいこと

・藤條虫丸さんや田中泯さんのように、農と踊りを同時におこなっていくこと

・臍下丹田を中心とした身体の使い方と呼吸を基本としたからだの在り様を突き詰めて伝えていくこと

・自然のリズムとともに誰もが生きられる方法を探していくこと

・「なにももたない庶民」が生き残ってなにがしかの自由を手にして生きていく道を探ること

・「地方」や「田舎」を元気にしていくこと

・多民族が共生するための道を拓くことに関わっていくこと

目先のことに捉われずにちゃんと遠くの目標を見据えて
日々すこしずつ願晴って歩いていこう と思う

 

結果的にまわりからみれば「おかみさん」として表舞台にあがることない生き方になったとしても、
ほんとうの目標をみすえてそのために生きることができさえすれば、
自分の名前が世に出なくてもかまわないのだと思う。

機会があればこれからも人前でも踊っていきたいけれど、
それはあとでついてくることなんだ。

裏方さんがいてくださってはじめて舞台に立てることを忘れちゃいけないと思う

 

大学時代に舞台照明をやってた時は舞台に立つのとはまたちがう喜びがあった

「ひかりをあてる」という視点をなにをしていても忘れたくないと思う

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コメント(2)

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友枝さん!!このブログへの初コメントですよー嬉しい^^*
藤條虫丸さんは屋久島で農業をしながら天然肉体詩人と名乗られて活動をされていている方です。
ダンス白州のソロダンスにお弟子さんも参加されていました。
私のブログの過去日記に虫丸さんのWSの企画・参加をしたものがあるのでよかったら見てみてください*ワークショップというカテゴリに入っています。
虫丸さんのHPはこちらです^^
http://www.notus.dti.ne.jp/~mushimal/

またいつでもお気軽にコメントしてくださいね☆☆

友枝 :

まさやーん!昨年白州でテント隣だった、栃木に住んでいる友枝です。先日はこのブログの紹介メールどうもありがとう!!! とても とても とても 嬉しかったです。
私、今年に入ってテレビがない(壊れた)生活なので「ちりとてちん」は、みていないのでわかりませんが、「継ぎたいこと」の、「農と踊りを同時におこなっていくこと」は、わかります。藤條虫丸さんという方は存じ上げていないのですが・あー勉強不足かな。。。

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このページは、masayangが2008年3月30日 06:59に書いたブログ記事です。

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