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ひとはそれぞれ自分だけの道筋を歩き、生きている

その過程で人と出逢い 影響を受けたり与えたりして ときに沿い そして道が離れ距離ができることもある

道を歩む上でそれぞれ妥協できない条件・手放せないものがあり、
ギリギリまで追い込んでもそこが折り合えなければ いっしょにいられなくなる

ひとりの相手にこだわること 相手から受け取る快い感覚にこだわること それは苦しいこと

だけど、快い感覚というのはとても偶発的なもの
その相手と人生が沿い運命が響き合うときに偶然受け取れるからこそ あまりに甘美なのだと思う
掴もうとしてつかめるものではそもそもないのだ


できることは、

わたしはわたしの道をほんとうの意味で深く歩み、

そのひとはそのひとで、そのひとのほんとうの道を歩み、

その道を尊敬し、なにか自分がその人にできること・助けられることがあればして、そのひとから受け取ったたしかなものを自分の人生と一体化させて道の一部としていくこと

相手をほんとうの意味で思いやること

そのことなのだ


誰かとの関係に答えなどなく ゴールなどなく いつも始まりであり、過程である  
その関係に世間的にどんな名前がついていようとそれは問題ではなく


あのひとがほんとうの意味でじぶんの道を歩んでいかれること、

それだけを常に祈り、

そして わたしも わたしの道を 歩んでいくのだ




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このページは、masayangが2008年2月15日 02:09に書いたブログ記事です。

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