呆けすとら また いつか 、 これから

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小倉での呆けすとらライブで踊らせてもらってきました。

5年ぶりの呆けすとらは、変わらないメンバーの方や定番の曲が懐かしく感じる一方、新たな部分もあり刺激を受けました。
ライブはお客さんとしても観てみたかったな。裏から聴いてても素敵でした。

今回、気負いすぎることはせずとも踊り子としていまの私が出せる力を出しきりたいと思っていたのですが、自分が呆けすとらに対して持っている思い入れに届くだけの踊りは出来なかったと感じました。

なぜやりきれなかったのか考えてみました

音楽主体のバンドで踊るというのは、踊り主体の舞台と違って、
音の世界を壊さないことを前提に、その踊り子の「型」を見やすい形で提示してその隙間で音と遊ぶ姿を見せるのがお客さんにとって望ましい姿なのかなと思いました。

もっと厳密に言うと、「型」をいったん突き詰めたあとにそれを捨てて成り立つ「まさやん」という唯一のものをその場で示すべきだと思うのですが。

いまのわたしはわたしの立ち上げたい「型」を突き詰めるところまでにも至っていない。

呆けすとらから離れた5年前「このままじゃ駄目だ」と思って離れていき、今回戻ってみて5年前に比べて自分が得ている基礎のようなものが確実にあることを感じる一方で、必要なものがやはりいまも足りていないことがはっきりとわかりました。

やりきれなかった哀しさはあったのですが、
「これからだ」という清々しさも大きく感じ、
いまとはちがう形でいつかまた呆けすとらに戻れる日が来たらいいな と思いました。

ともかくも純粋にとっても楽しかった
声をかけてくださった谷本さん、場を作ってくださったスタッフの方々・taniseさん、行かせてくれた家族、観に来てくれた友人など色んな方に心から感謝です。

本番前に北九州のダンサーのつかのみきさんとお逢いできて、私が白州で踊りをみて衝撃を受けた竹内登志子さんについてのお話も聞けて、
こんど一緒にパンを焼きながら体操しようというお誘いも受け、
これからの交流をたのしみにしているところです。

原人仲間のかきうちみきともこれからもたくさん遊びたいし。

北九州に何度でも帰りたいと思います。


日常とともにある踊り それを探り 踊ることを決してあきらめず

 そして焦らず 力を入れすぎず

踊るひととしてこれからも生きていきたい


 そう思っている今日、です



 今日福岡の実家から鹿児島に帰る予定です。

 帰ったら家の大掃除をするぞ!!

 待ってろ、鹿児島!!



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このページは、masayangが2008年1月28日 05:45に書いたブログ記事です。

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