わたしの踊り研究所 始動させます
最近たまに日記にちょこちょこと書いていた「わたしの踊り研究所」についてです。
先日、風の丘という場所であった童話会というイベントで
同じ町に住んでいるまりありあさんという女性と知り合いました。
彼女はベリーダンサーで、エイサー(沖縄でお盆の時期に踊られる伝統芸能)もやっているそうです。
町内で踊りをやっている女性に出逢えるとはととても嬉しく、
そして彼女は、舞踏研究会というものを作っているというではないですか!
なんでも舞踏に興味があって作ったけどまだちゃんとした会員はいないとのこと。
それは絶対入ります!と速攻でひとりエキサイトするわたし。
それでこの前わたしの家で研究会を開催して、
いっしょにご飯を食べたり、前に日記に書いた「踏む」という田中泯さんのDVDを観たりしました。
そしてある日夜中にがーっとひたすらに考え事をしていた時に、
「わたしの踊り研究所」という単語が突然胸に落ちてきて、
あぁなるほど となにか納得しました。
それでまりありあさんに
「舞踏研究会に『わたしの踊り研究所』という別名をつけませんか?」とすぐにメールをして「いいね♪」という返事だったので、
わたしの踊り研究所計画を始動させることにしました。
まず名前がぽとんと落ちてきた「わたしの踊り研究所」。
なぜ落ちてきたかを考えてみました。
最近、表現の非ジャンル化について気になっていました。
自分の表現をなにかのカテゴリーにいれるのではなく、
そのカテゴリーのなかで納まろうとするのではなく、
ジャンルを越えようとする存在であろうとすることについて。
そして、ありとあらゆる多様な要素とつながってその真ん中に行って行ってどんどん自分を消していくという在り方についても。
わたしは、自分の踊りがどのように成立しているかということをうまく説明することが出来ません。
なぜかというと、自分の生きてきた道と分かちがたく一体化して成立するものだと思うからです。
わたしという存在は点で、ありとあらゆる事象とつながっている。
それと向き合うことが踊りをつくるということ。
だから、いつかわたしが誰かに踊りのレクチャーをする日が来るとしても、
それは踊る人ひとりひとりに自分の中にある課題に向き合ってもらうしかないだろうと思っていました。
それって教えられるものじゃないんじゃないか、
教えるのは不可能じゃないか、と。
しかし、「わたしの踊り」を探している独りの人々が共に踊りについてのなにかを練習してみたり議論してみたりする中で、
最終的にその人その人の「わたしの踊り」につなげられる、
そういう場がつくれたらいいのではないかと思いました。
舞踏やベリーダンスや伝統芸能やあらゆるジャンルを越えて、
ひとつのからだを持っている者同士で触れ合う。
わたしがこういう考えに到ったのは、大学時代に人類学を専攻していたことが理由のひとつなのだと思います。
ありとあらゆる多様な価値観を持って生きている人間が世界中にいて、
「これがスタンダードだ」と思うのは幻想だということを人類学を通して学んでいました。
衣食住、自分が常識だと思っていることはひどく脆いものだ
結婚についても、一夫一婦制が全てではなく、一夫多妻・多夫多妻と色々な国がある。
「国」という概念もあやしいものだ。「国」の境界線は幾度も引き直されてきたものだし人類は移動し侵略し交じり合ってきた。
わたし自身はなにかを選んだ、
舞踏家に弟子入りして、一生舞踏とつながっていくと決心して、
今後は琉球舞踊も学ぼうと思っている。
だけどこの選択が全てじゃない。
わたしはベリーダンサーからもバレエダンサーからも民俗芸能からも学びたいことがたくさんあるのだ。
そして、踊りからだけじゃない、音楽からも政治からも歴史からも普通の人の生活からも学びたいことがたくさんある。
それら全てが踊りの糧になるはずだ。
踊りはそんな小さなものじゃないはずだ。
わたしという存在は小さい、
だけどわたしは世界と繋がっている
世界と分かちがたく一体化して「わたし」という存在は生起する。
だから、「わたしの踊り」を探すのだ
と、胸の中にはデッカイ想いがあるわけですが、
やることは地味に一歩一歩やってこうと思います。
ひとつのからだが基本ですので。
まずはまりありあさんと研究会をちょこちょことやっていきたいと思っています。
踊りの映像を色々観たりもしていきたいですし、
踊り以外にもお互いに興味があって益がありそうな課題について語ったりしていきたいと思う。
舞踏の肉体訓練も一緒にやってみようと思っている。
訓練方法をちゃんと考えて、やりながら模索していきたい。
そして、一緒に踊る機会も作っていきたいと思う。
いま、川辺町の二日市という毎年二月にある骨董市のイベントに出て路上でパフォーマンス出来ないかと構想中。
鹿児島市内の路上でも大道芸的なことをやってみたい。
もちろん生活をちゃんとすることを基本軸に置いた上で。
子どもも一緒に楽しめる方法を考えていきたい。
日々の無理にならない稽古法も確立していきたい。
いつか色んな国の人とも繋がれるといいなと思う。
いま読もうと思っている本は
「ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う」
というもの。
まりありあさんが貸してくれて、かなり面白そうです。
フォーサイスという人は先端的なコンテンポラリーダンスの振付家です。
武道と踊りの関係については最近気になっていました。
琉球舞踊は沖縄武術の元になっているそうで、
実戦ありきの沖縄武術が舞踊につながる、
そこには深い理由がありそうだと感じています。
いま読んでいる原発についての「天空の蜂」という小説を読み終わったらこれを読もうと思っています。
出演を打診していただいている公演もあって、諸々検討中。
わたしに「あなたの踊り」を教えてもらえませんか
「わたしの踊り」をいっしょに探してみませんか
まさやん(masayang)
先日、風の丘という場所であった童話会というイベントで
同じ町に住んでいるまりありあさんという女性と知り合いました。
彼女はベリーダンサーで、エイサー(沖縄でお盆の時期に踊られる伝統芸能)もやっているそうです。
町内で踊りをやっている女性に出逢えるとはととても嬉しく、
そして彼女は、舞踏研究会というものを作っているというではないですか!
なんでも舞踏に興味があって作ったけどまだちゃんとした会員はいないとのこと。
それは絶対入ります!と速攻でひとりエキサイトするわたし。
それでこの前わたしの家で研究会を開催して、
いっしょにご飯を食べたり、前に日記に書いた「踏む」という田中泯さんのDVDを観たりしました。
そしてある日夜中にがーっとひたすらに考え事をしていた時に、
「わたしの踊り研究所」という単語が突然胸に落ちてきて、
あぁなるほど となにか納得しました。
それでまりありあさんに
「舞踏研究会に『わたしの踊り研究所』という別名をつけませんか?」とすぐにメールをして「いいね♪」という返事だったので、
わたしの踊り研究所計画を始動させることにしました。
まず名前がぽとんと落ちてきた「わたしの踊り研究所」。
なぜ落ちてきたかを考えてみました。
最近、表現の非ジャンル化について気になっていました。
自分の表現をなにかのカテゴリーにいれるのではなく、
そのカテゴリーのなかで納まろうとするのではなく、
ジャンルを越えようとする存在であろうとすることについて。
そして、ありとあらゆる多様な要素とつながってその真ん中に行って行ってどんどん自分を消していくという在り方についても。
わたしは、自分の踊りがどのように成立しているかということをうまく説明することが出来ません。
なぜかというと、自分の生きてきた道と分かちがたく一体化して成立するものだと思うからです。
わたしという存在は点で、ありとあらゆる事象とつながっている。
それと向き合うことが踊りをつくるということ。
だから、いつかわたしが誰かに踊りのレクチャーをする日が来るとしても、
それは踊る人ひとりひとりに自分の中にある課題に向き合ってもらうしかないだろうと思っていました。
それって教えられるものじゃないんじゃないか、
教えるのは不可能じゃないか、と。
しかし、「わたしの踊り」を探している独りの人々が共に踊りについてのなにかを練習してみたり議論してみたりする中で、
最終的にその人その人の「わたしの踊り」につなげられる、
そういう場がつくれたらいいのではないかと思いました。
舞踏やベリーダンスや伝統芸能やあらゆるジャンルを越えて、
ひとつのからだを持っている者同士で触れ合う。
わたしがこういう考えに到ったのは、大学時代に人類学を専攻していたことが理由のひとつなのだと思います。
ありとあらゆる多様な価値観を持って生きている人間が世界中にいて、
「これがスタンダードだ」と思うのは幻想だということを人類学を通して学んでいました。
衣食住、自分が常識だと思っていることはひどく脆いものだ
結婚についても、一夫一婦制が全てではなく、一夫多妻・多夫多妻と色々な国がある。
「国」という概念もあやしいものだ。「国」の境界線は幾度も引き直されてきたものだし人類は移動し侵略し交じり合ってきた。
わたし自身はなにかを選んだ、
舞踏家に弟子入りして、一生舞踏とつながっていくと決心して、
今後は琉球舞踊も学ぼうと思っている。
だけどこの選択が全てじゃない。
わたしはベリーダンサーからもバレエダンサーからも民俗芸能からも学びたいことがたくさんあるのだ。
そして、踊りからだけじゃない、音楽からも政治からも歴史からも普通の人の生活からも学びたいことがたくさんある。
それら全てが踊りの糧になるはずだ。
踊りはそんな小さなものじゃないはずだ。
わたしという存在は小さい、
だけどわたしは世界と繋がっている
世界と分かちがたく一体化して「わたし」という存在は生起する。
だから、「わたしの踊り」を探すのだ
と、胸の中にはデッカイ想いがあるわけですが、
やることは地味に一歩一歩やってこうと思います。
ひとつのからだが基本ですので。
まずはまりありあさんと研究会をちょこちょことやっていきたいと思っています。
踊りの映像を色々観たりもしていきたいですし、
踊り以外にもお互いに興味があって益がありそうな課題について語ったりしていきたいと思う。
舞踏の肉体訓練も一緒にやってみようと思っている。
訓練方法をちゃんと考えて、やりながら模索していきたい。
そして、一緒に踊る機会も作っていきたいと思う。
いま、川辺町の二日市という毎年二月にある骨董市のイベントに出て路上でパフォーマンス出来ないかと構想中。
鹿児島市内の路上でも大道芸的なことをやってみたい。
もちろん生活をちゃんとすることを基本軸に置いた上で。
子どもも一緒に楽しめる方法を考えていきたい。
日々の無理にならない稽古法も確立していきたい。
いつか色んな国の人とも繋がれるといいなと思う。
いま読もうと思っている本は
「ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う」
というもの。
まりありあさんが貸してくれて、かなり面白そうです。
フォーサイスという人は先端的なコンテンポラリーダンスの振付家です。
武道と踊りの関係については最近気になっていました。
琉球舞踊は沖縄武術の元になっているそうで、
実戦ありきの沖縄武術が舞踊につながる、
そこには深い理由がありそうだと感じています。
いま読んでいる原発についての「天空の蜂」という小説を読み終わったらこれを読もうと思っています。
出演を打診していただいている公演もあって、諸々検討中。
わたしに「あなたの踊り」を教えてもらえませんか
「わたしの踊り」をいっしょに探してみませんか
まさやん(masayang)
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