路上 そして紫川原人

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このあいだ、私が住んでいる町の農業祭に行ってきた。
農協の年一回やるバザーって感じのもの。

黛ジュンという38年前のレコード大賞をとった歌手・女優さんがゲストに来ていた。
笑いありしんみりする話あり、盛り上げ上手で礼儀正しい華やかなステージ。
老若男女がよろこんで見ていた(若というのは若者ではなく子どもだけど)。

それを見ていてひとつ気づいたことがあった。
私は前に「村祭りとかで踊るのが理想」とか適当なことを言ったことがあったのだが、
それはアプローチをよく考えなければ難しいんだなということだった。
私のいまの舞踏では老若男女をよろこばせることはできない。
だからちがう方向性を考えていかなくてはならないのだなと。

以前何度か友人と小倉の路上で踊ってみたことがあった
知らない人が声をかけてくれたり、立ち止まってくれたりして新鮮だった
ものを投げつけてきた若者もいて少し怖いこともあったけど。

とくに注目されてるなと感じたのは
紫川原人として路上や川原でなにかやっていた時だった

【説明】
紫川は北九州を流れている川で、
紫川原人というのはその流域で発祥した原人ということで
わたしと友人のかきうちみきは紫川流域や海で原人を名乗って人々を誘って遊んでいたのです。

自分自身の踊りをもっときちんと見つめるために
原人としての生活からはなれていったのだったけれど、
原人魂を忘れたことはなかった。
またやりたいなと思うこともあったのだけど、
かきうちみきがいなければ出来ないという気持ちがあって
いままで出来なかった。
でも、ちがう原人をさがしてやっても
ふたりで生み出すものとはまたちがうものになっても
なにかちがう面白さは生まれるのかもしれない
と思いついた。

だからそのうち着手してみたい
「原人求む!」とビラでもまいてみようかね。
いまはまだできないけど。

路上を通る人は千差万別で無料で冷たくて
でも開かれている
日本で路上でやっていくのは難しいとはよく聞くけれど
やり方を探ってみたい。

でも村祭りなどで踊る機会がもらえることがあれば
もちろん踊りたいし、
ホールでも出させてもらえることがあればやれるだけやっていくだろうと思う。
自分の中心をどこに置くかということだと思う

ほかにも半農半芸の村つくりとかも気になる
とにかく自分の踊りをもっと突き詰めて修行したいから
全国の舞踏家の方を訪ねる旅にも出たい。
そしてひとりぼっちでこつこつ踊りたい
いろんな人とも踊りたい

でもとにかくいまは子育てと家事。
ぜんぶ着想段階。
日々の練習はしていきたいと思う

いま死んじゃったら後悔するかなと以前は思っていたけど、
いまはそうは思わなくなった
こないだの週末に行った美山の風の丘でのイベントでも
「あとでセッションしましょう」と話していた方がいたのだけれど
子連れだったのでやるタイミングがつかめず
出来ないままになった。
でも今回はそれでよかったんだと思う。
そういう流れだった

今日を生きよう
さ、朝ごはん作らなくちゃ

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このページは、masayangが2006年11月 8日 06:59に書いたブログ記事です。

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